夢を形に!植松みつお

政治、経済、教育、医療、メディア、等々の中から、話題を取り上げ、問題提議して参ります。あたなと共に「幸福の実現」を目指して参ります。

スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

広島から世界に発信する国造り①

2010.01.27 (Wed)

 広島という町は不思議だ。灰の中から忽然と甦る不死鳥のように、原爆という人類にとっての負の遺産しか残っていない廃墟の町からメガシティにまで繁栄してみせた。その原動力はどこにあるのか?これこそが、まず第1に世界に伝えるべき広島という町の成功論であり、または広島県が誇りとすべき国創りの方法ではなかろうか?

 1.やっちゃるけんの心意気

 被爆後、100年は草木も生えないと言われた広島。言えば、恨み節を語り続けることはできただろう。しかし、いつまでも悲しみの中に打ちひしがられることなく、復興の兆しを掴んだ。それは、また広島を復興させてみせる。必ず、広島が早く復興してみせることが日本の復興を後押しすることに繋がる。「今に見とれ、やっちゃるけん」。そんな心意気であったのではないか。そういう声を聞くと、意図的に作られた言葉、一部の左翼系平和論者が創った「NO MORE HIROSHIMA」など、作為的で広島県人が聞くと嫌気が差すとも聞く。

 2.発展の起爆剤となった大イベント

 日本経済が戦後の混乱から、本格的な発展基調に乗ったのは、「戦後は終わった」という言葉が言われ始めた昭和30年(1955年)あたりからであろう。特に、日本が世界に国家的再建をアピールすることになった東京オリンピックは多大なる繁栄の礎となった。新幹線、名神、東名高速道路の開通、などを通しての公共投資抜きには、発展は語れないだろう。広島においてはどうだったか?私は、昭和33年に開催された「広島復興大博覧会」をあげたい。ここに人、モノ、金、情報、企業などの社会的資本を集中させることで、多くの県民がその復興を実感したと言われている。

 3.基幹産業の育成

 広島を建て直した原動力を考えるときに、欠くことが出来ない基幹産業の育成がある。戦前からあった造船と戦後伸びてきた自動車工業という基幹産業を基軸に雇用を生み、ここに付随する鉄鋼会社の誘致などは、戦後の発展の礎となった企業であり、呉市や福山市にとっては欠かせない企業となっている。

 以上のことから、国家を復興させ、町を発展・繁栄させるためには「考え方」と「資本財の集中」、そして「基幹産業と雇用の促進」による地域社会の発展が欠かせないことが分かる。 

 以上が、1958年より対岸の愛媛県から広島の発展・繁栄の姿を眺め、実際に広島県に2007年の暮れから移り住んで(昨年4ヶ月ほど下関市にいたが)の実感である。ここまで、戦後引っ張ってこられた広島県の方々に敬意を表したい。


クリックお願いします

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 広島(市)情報へにほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 福山情報へ

関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。