夢を形に!植松みつお

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無責任な自民党議員!「4月28日主権回復記念日」とすることはどうなった?

2014.04.30 (Wed)
独立主権国家の尊厳を守る方法 東京大学名誉教授・小堀桂一郎 2014.4.25 サンケイNEWS 正論より

小堀桂一郎先生

昨平成25年の4月28日、政府主催で主権回復・国際社会復帰を記念する式典(☜クリック)を、憲政記念館で開催した。式には畏(かしこ)くも天皇・皇后両陛下の御臨席を仰ぐほどのものだった。

この「主権回復記念日」を恆例行事として、政府主催で続けるのかと思ったら、その音沙汰はなかったというのだ。更には、平成23年8月に、自民党の若手議員達(隊長・稲田朋美・西村眞悟・西田昌司・高市早苗)が中核となって結成した「4月28日を主権回復記念日にする議員連盟」も、その後、全く動きがないのはどうしたことだ?と仰っている。

「4月28日を主権回復記念日にする議員連盟」も単なる思いつきで、結成したものだから、継続ができなかったのではないでしょうか?
そう思うと、ちょうど、2008年に発刊された渡部昇一先生と稲田朋美議員、八木秀次教授との鼎談本があった。『日本を弑(しい)する人々-国を危うくする偽善者を名指しで糾す』で、鼎談を終えてにおいて、稲田議員は「主権回復記念日に」に上梓できたことを喜ぶかのごとくに、その日を選んで記載されておられるのに、この行事を発起人の一人として、継続できないということは、国政を預かる国会議員として、実行力の無さを、終始一貫してないことを恥じるべきでしょう。ひょっとしたら、ほとんどの自民党の議員は、官僚化していて、実はポーズばかりで、本気で国を思い、国民の幸福なんて思ってなくて、単なる思い付き程度の思いしか持ちあわせていないのではないでしょうか?

自民党

それでは、「日本を、取り戻す」なんて、絵に描いた餅。55体制より、憲法改正を言い続けて、足掛け60年、未だにできないのですから。責任政党ではなく、無責任政党だと思いませんか?ドイツなんて、主権を取り戻したら、すぐに憲法をかえてしまいましたよね。それも今までに58回も変えてるんですから。このあたりが政治主導の国家なのか、役人主導の国家なのかの違いなのでしょう。だいたい、役人が法律に手を加えること自体が、憲法違反ですよ。そのことをもってしても、役人に憲法の遵法精神はないといっても過言ではないでしょう。だって、憲法違反をしても平気な風土なんですから。



ところが、小堀先生は、政府・政界(特に自民党)の熱意の後退とは裏腹に、民間有志による「主権回復記念日国民集会」は平成9年からずっと毎年欠かさず、続けていることを褒めておられるのだ。

しかし、このことにも厳しく批判しておられる方がいた。「「主権回復記念日」は重大な誤りだ」と仰っておられる酒井信彦東大教授だ。この方は、主権回復を目指す会」顧問や「日本ナショナリズム研究所」所長、「自由チベット協議会」代表。儀礼文化学会会員などをさなれておられる方だ。

酒井教授曰く、確かに「主権回復記念日国民集会」は今年で14回目になるが、平成9年に始まったもので、それまで主権回復の日として、積極的に集会を開いてないではないかと。つまり、保守の人々全体では、それほど強く意識されていなかったと考えざるを得ないのではないかと言うのだ。 日本人が4月28日を主権回復の日として、明確に認識しなかった、あるいは出来なかったのには、それなりの原因・理由があると。日本に対する占領は明らかに間接占領であって、占領期間中に総理大臣が居て日本政府があったし、選挙が行われて国会もあった。これは戦争中も同じで、決して軍事独裁政権ではなく、政府も国会も機能していたし、何よりも皇室が存在していたではないかと。これで、日本人は、敗戦による占領、すなわち歴史上はじめての屈辱的な被侵略体験を、乗り切ることが出来たのだと。だから、戦後の日本人は4月28日を、独立を取り戻した日、主権を回復した日と、明確に認識してこなかったのだ、と仰っておられる。

酒井教授には悪いですが、その当時を振り返って、占領期間中、政府も国会も機能していたというが、GHQの言いなりに機能していただけであって、主権は実際にあったといえなかったのではないですか?
大正一桁生ままれで大東亜戦争に行った私の親父から聞いた話として、GHQから公職追放令を出されて、この国に責任ある保守の方々は食えなくなり、思想を偏向せざるを得なかった。さらに、左翼の学者たちが国立や私立の大学を占拠していき、国家そのものが左傾化して、農地改革の美名のもとに個人資産を小作人に奪われた人々、三国人にも財産を収奪されたり、命も奪われた人もいた。この事実の検証と、国家と三国人による個人資産の収奪の償いは、いつなされるのだろうか?その当時は、毎日を生きることに精一杯で、「主権回復記念日」なんていえるような状況になかった。そして何よりも、アメリカの力が弱まった今だから言える話なんだということだ。

そして、小堀桂一郎先生はこう仰って締めくくっておられる。取捨選択のできない無責任な自民党議員への餞としたいほどだ。

焦眉の課題となつてゐる自主憲法の制定、その新憲法に足を踏まへた形での安全保障体制の充実と民生の安寧、そしてそれら全ての上に立つ皇室の永世の御安泰のための法整備。かうした多数の難問解決の大前提として、国家主権意識の確立は必須の条件である。4月28日といふ主権回復記念日を控へての痛切な感慨を一言記す」と。
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