夢を形に!植松みつお

政治、経済、教育、医療、メディア、等々の中から、話題を取り上げ、問題提議して参ります。あたなと共に「幸福の実現」を目指して参ります。

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農業の未来は、教育に掛かっている。

2010.03.07 (Sun)

今日は、JR新井口駅付近で辻立ちをさせて頂いた。突然、ご婦人の方から握手を求められ、不意打ちを食らって驚いた反面、嬉しかった。

さて、その中で、「農業を日本の輸出産業にまで育てよう。そのためには、農家を守るバラマキ政策ではなく、農業を促進させる政策を実施しなければならない。幸福実現党は、新しい人や企業がが参入できる農業の自由化を政策に掲げたい。更に、食の安全は、国民の生命の安全でもある。自給率を高める政策を打たなければならない。ただ、農家を守るだけで何もしない鳩山政権は無責任だ。世界は、人口100億に向けて膨張している。これを救うことが出来るのは、バイオ技術先進国の日本かアメリカだ。この技術を使いこなせられないのは、農水省の役人が問題なんだ。官僚主体の政治が長く続いたために、政治家は何もせず、族議員化して国民にぶら下がっていた。自民党はその醜態をさらし、昨年、やっと野に下った。民主党は官僚政治から政治家主体の政治に変えようとしている。これは正しい。しかし、自分たちの政治生命は守るが国民の生命は守ろうとしない嘘つき政党だ。もう既に、いくつものマニフェストを破っている。破廉恥極まりない。そこで、私は「国民主体の政治」というものを提唱したい。「国民のことを考える政治家主体の政治」と言い換えてもいい。国民の生命の安全、財産の安全を守ることを約束できる政治が必要である。私たち幸福実現党は、その期待に応える気概ある政党である。ご支援をお願いしたい」と訴えた。

そこで、ちょうど本日付の産経新聞第4面に、昨日あった「水土里フォーラム」のことが載っていたので紹介したい。丸紅経済研究所柴田明夫所長の基調講演があり、その中で少し引っかかるところがあった。それは、「地球温暖化で生産環境は悪化している」というところだ。本当にそうなのだろうか?学者や研究所の所長が言っているから正しいと言うことはない。それは、意図的に使われていることだってあるのだ。この「地球温暖化」という言葉もそうである。「気象学者が唱えた勝手な理論」と物理学者たちは猛反対しているとも聞いている。

私はこう考えたい。以前も述べたことがあるのだが、「地球はひとつの生命体」であるといことだ。だからと言って3月6日産経新聞夕刊にあったような「人類が住めない地球に変化することで、地球は自分を守ろうとしている可能性がある」なんては考えない。地球は、人口を100億にまで支えるために、地球を温暖化させ、植物の成長を早めることを目指していると考える。つまり、多くの人間を生かそうとして、沢山の野菜や果物、穀物を早く育て、大量に作る術を人間に委ねているように思えるのだ。人間には自然をコントロールさせる技術がある。動物たちは自然の猛威にはただ受け止めるしかできないが、人間には智慧がある。考える力がある。風も受け止め方を変えれば、エネルギーに変えたり、推進力にしたり、変化を楽しむことが出来るように。

ピンチはチャンス。「地球温暖化をチャンスに変える」という発想が大事だ。

例えば、コンクリートを何層にも使うことで、平地面積を増やして農業の耕作面積を変えることだって出来る。「コンクリートから人へ」という耳障りのいいキャッチで首相になった人がいるが、コンクリートも使いようだ。ここで大事なのは企業家精神を持った人が必要だと思う。だから、ただ単に人が増えただけじゃダメだ。智慧を持った人、創造力によって新しいアイデアを作り出せる人、多くの人を食わせることができる人が必要だ。そこで大事なのが「教育」だ。教育によって人を有益で有用に変えることが出来る。ところが、智慧のない人間を多数増やした「ゆとり教育」。この教育を推進した文科省とその役人は、万死に値する。「子供達の未来を弄んだ」と言っても過言ではあるまい。その人間は、罪の深さを自覚せず、のうのうと大学教授をやっている。

だから、この事実を踏まえ、無責任な文科省や日教組らの官僚主体の教育行政を改める必要がある。今、必要なのは、国民を幸せに出来る教育をすること。もう既にお隣の中国では始まっていることだ。それは、成果を出す教育をすることだ。そこに、教師としての情熱と使命を賭けて頂きたい。教師としての資格の尊さを感じて、教員には一般公務員よりも増額された給料が支払われているのだ。その事実を無視して、北教組の組合員のように、禁止されている政治活動を主力に於いて教員をするなど言語道断。ましてや公務員、公僕としての自覚もないのならば、犯罪を承知でやった行為なのであるから、それらの者は厳罰に処する必要があるだろう。

私は、夢のある子供達の未来に責任を感じている。だから、絶対に「ゆとり教育」なんて許さない。公務員としての生活、教員の立場よりも子供達の学力を守ってゆくのは当然の理であろう。それは、どの政治家にも適用される当たり前の資質なのではないか?

そう考えるならば、新しい農業社会も、これから来る青年達によって作られていくことになるだろう。新しい考え方、新しい技術、新しい方法によって。そんな青年を育てた教師達は、いつ無くなるか分からないような政党にご執心になるよりも、もっと大きなものを育てることにプライドをもって頂きたいと思うのだが・・・。

 


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