夢を形に!植松みつお

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【尖閣諸島が中国領の証拠発見?】 決定的証拠にならない古文書に1億6600万円も出してバカじゃないの?

2010.12.22 (Wed)
「尖閣が中国領」の決定的証拠? オークションで1億6600万円
2010.12.22 23:09 【産経ニュース】

 この古文書は、清朝の文学者である沈復の散文「海国記」を同時代の書家、銭泳が抄録したもので、19世紀初め、清の使者が琉球を訪問した際、「途中で釣魚島を見た翌朝、琉球国境に入った」などの内容が書かれていたという。尖閣諸島が日本領に編入されたのは1895年であることから、主催するオークション会社、中招国拍は「日本人より早く尖閣諸島を発見した証拠」と主張している。「国家の主権にかかわる文物なので、外国資本の入札を禁止する」と発表した。

 例えば、15世紀コロンブスがアメリカを発見したからといって、アメリカ大陸がスペイン領となっているだろうか?(勝手にスペインの旗を立てたという記述は残っているようだが・・・)現実的に実行支配や国民の定住がないのに領土とは言えないだろう。国としての構成要件も分からないようなオークション会社に領土問題を言う資格はない。「寝言は寝て言え」と言ってやればいい。

 尖閣諸島を発見しただけなら、19世紀初頭くらいでは遅いくらいで、例えば和冦だって相当に尖閣諸島を訪れている可能性は十分にあると言える。ちなみに和冦という存在は、13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や東アジア諸地域において活動した海賊、または密貿易を行う貿易商人のことで、季節風を最大限に利用し、広東、福建などの中国諸省にまで侵寇を極めた。彼らの根拠地は日本の対馬や壱岐・五島列島をはじめ、朝鮮の済州島、中国の沿海諸島部、また台湾島や海南島にも存在していたという。(資料:ウィキペディアより)その版図が以下の通りだ。

和冦の版図

 季節風を利用し、中国との交易を図ってきた歴史は古く、遣唐使の頃から既に確立されていたのだ。故に、日本側が尖閣諸島を発見し、強風や嵐などによる船の停泊、避難所として利用した可能性は高いのだ。


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