夢を形に!植松みつお

政治、経済、教育、医療、メディア、等々の中から、話題を取り上げ、問題提議して参ります。あたなと共に「幸福の実現」を目指して参ります。

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【海保職員 尖閣ビデオ流出】 菅総理よ、仙谷氏よりも民意に聞け! 88%が「公開すべき」 官僚の方々もリークで対抗せよ!

2010.11.14 (Sun)
【海保職員「流出」】88%が「公開すべき」 81%「国家秘密ではない」 意識調査
 2010.11.13 17:34 【産経ニュース】
 共同通信社が12、13日に全国の1千人に実施した電話意識調査で、88.4%が尖閣諸島付近の中国漁船衝突事件の映像を政府が 「公開すべきだ」と答えた。「公開の必要はない」としたのは7.8%で「分からない・無回答」は3.8%だった。

 事件の映像が国家の秘密に当たるかどうかでは、81.1% が「秘密には当たらない」とし、「秘密に当たる」としたのは13.2%だった。「分からない・無回答」は5.7%だった。

 インターネットやテレビで映像が出たことについては、83.2%が「よかった」 と答えた。
 調査は、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけた。千人の内訳は男性464人、女性536人。


【名言か迷言か】漁船衝突・映像流出 海上保安官の処分、これでキマリ
 2010.11.14 07:00 【産経ニュース】

 沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突の映像流出事件は、神戸海上保安部に所属する海上保安官が10日朝、「自分が流した」と申し出て、捜査当局が国家公務員法(守秘義務)違反容疑で取り調べている。だが、悲しいかな、菅政権は新たな局面にも機能不全状態だ。

 「『政治職』と『執行職』のトップというのは、一般論ですけど、責任のあり方は違う。強制力を持った執行部門は、それなりの強い権限がある代わりに強く重い責任があるんじゃないでしょうか
 仙谷由人官房長官は同日夕の記者会見で、海上保安庁を所管する馬淵澄夫国土交通相よりも、現場の鈴木久泰海上保安庁長官の責任の方が、より重いとの認識を示したのだ。

 翌11日の記者会見では、こうも発言した。
 「強制権限をもった執行機関に政治職が口出しするのは、ルール設定について議論をしたり意見を申し上げることはあっても、個別具体的な執行に関して口を出すことは原則としてあってはならない」

 政策の企画立案とは異なり、具体的な執行、つまり警察や検察の捜査、海保の違法漁船取り締まり、自衛隊の訓練など高い専門性が要求される任務に、政治家が軽々しく口出しすべきではない-という至極単純な話も仙谷氏の口を借りれば、こうした言い回しになる。要は、政治の側が判断すべき領域を適切に線引きできるかどうかに尽きる。

 漁船事件をめぐる迷走は、那覇地検という「執行機関」が日中関係という「政治問題」を判断したうえで中国人船長を処分保留で釈放したことが始まりだ。一方、映像について海保は当初から広報用を作製するなど一般公開を前提にしていたにも関わらず、官邸サイドは非公開の対応を主導した。公開の是非について判断した以上、流出という「失態」についても政治責任は免れないだろう

しかも、政府は映像の流出が「執行機関」の責任と強調しながら、情報保全のあり方を検討する組織の設置を決めたりしている情報保全の「ルール設定」が出来るのならば、当然ルール破りの流出の責任も「政治」が負うべき筋合いの話だ。ここでも官邸の対応は自己矛盾に陥っている

 では海上保安官は、どう処分されるべきか?当初11日にも逮捕と思われていた処分は週明けに延びる見通しだ。映像が海保内部で「秘密」状態にあったかどうかが焦点とされているが、案外APEC閉幕を待つということなのかもしれない。大阪府の橋下徹知事が指摘するように、政治の決定に公務員が従わないのは問題だ。それでも、今回の事案は領海侵犯し公務執行妨害で逮捕されたにもかかわらず、釈放された「程度」の事件から派生したもの。その映像を白日の下にさらしたからと言って、よもや「処分保留で釈放」なんて重罪には問われないだろう。(森山昌秀)

<独立不羈の精神で頑張ります!>
 「天意」という言葉がある。天の意思を感じとって政をするする人のことを政事家と呼ぶ。天意を感じ取ることが出来ない平凡な政治屋は、民意に聞け。民の声の中に「天意」を代弁することができる人がいるからだ。そうした人を見出せないならば、民意の集合体を主体として行う政治が民主主義である。今は、投票型民主主義が民主主義と思われている方が多いが、民主主義の原型をなしたギリシャでは、神の子である個人個人が神意を受け止められる民意があって、その意見を集合させ、議論させ、議論を尽くした上で、多数決によって決定してゆく中に民主主義の基本思想があったのだ。

 天意を受け取るリーダーとして有名なリンカーン大統領の逸話がある。「ホワイトハウスにリンカーンの友人が泊まっていたとき、その人が夜中にトイレか何かの用で廊下へ出ると、低い唸り声のようなものが聞こえてきた。「いったい何だろうか」と思って廊下を歩いていくと、ある部屋のドアが少し開いていて、そこから明かりが漏れていた。その部屋のなかを覗いてみると、奥のほうで、四つん這いになり、床のじゅうたんに爪を立て、脂汗を流し、涙を流しながら、低い声で神に祈っている人がいた。「誰だろう」と思ったら、それがリンカーン大統領だった。
 リンカーンは、「私の考えは間違っていないでしょうか。私を正しく導いてください。同胞たちを苦しめないでください」というようなことを、一生懸命に祈っていたのだ。
 戦いによって血が流れ、南の人も北の人もたくさん死んでいる。それゆえ、「これが正しい戦いであるかどうか」と悩むのは、国のトップとしては当然のことだからだ。参考書籍:大川隆法著『幸福の原点』より



 ところが、「天意」も「民意」も無視した政治が為されようとしている。 「わが党に投票され、信任して頂いたのだから、その4年間は何をしてもいいのだ」などという横暴な論理がまかり通るのが民主党という政党だ!それが民主主義だと思っているのなら、大きな間違いだ。首相になるまではげんぢ立った菅首相も妻にまであなたが総理になって、いったい日本の何が変わるのと言われてしまって茫然自失、もう既に自らの言葉で語る力を失った菅首相を後ろ盾するのが仙谷官房長官だ。恐らく、仙谷長官、法律論は解釈できても、政治思想史や政治哲学まではご理解ないのではないか?  
 
 そのことが顕著に現れているのが、今回の仙谷官房長官の見解だ。これは、戦争を例に考えれば、実に卑怯な言い草であることが分かる。「戦争を執行した軍部に重い責任がある。」とか、「他国と交戦することを決定した文官よりもやった武官のほうが罪が重い」ということを言っているのと同じだ。そうだったら「東京裁判」でなぜ、廣田弘毅元総理大臣が死刑にならなければならなかったのか?こんな論理が世界に通用するはずが無い。政治判断責任よりも現場の執行責任のほうが重いなどという考えを、是非とも中国以外のAPECの首脳に聞いてみたらいい。
  
  これをもって「了とする」と言っておいて、その後に何の罪があるのか?極秘扱いでもなく、海保庁内で誰でもが手にすることができたビデオを公開したら守秘義務違反か?TV局社員が聞いたら、笑うか震え上がるような話だ。もし、事後判断で罪に掛けることができるならば、真の意味で「法治国家」となっているは言えまい。このような判断が世界各国の中で通用するのは、「人治国家」の中国か北朝鮮ぐらいではないか。
今、仙谷長官の頭にあるのは、自分たちの「自己保身」と「逃げの論理」を展開するだけしかない。こんな人の下で役人をするのは、さぞ、ご苦労なことだろう。ご推察申し上げる。

 公務員の方々は、政治家が無能だったり、無責任だったらさぞ大変かとご推察申し上げる。されど、地域性もあり、大阪のような自由気ままな市民性のある地域でそれを認めたら大変なことになるので、橋下大阪府知事は公務員は政治家に従うべきであると言われているのだろうと思うが、もう国益に沿わない内閣であることが見えた菅政権は、官僚の方々も海保職員と同様に、若しくは安倍内閣のときの社保庁のように、メディアを通じて国民にリークをしたらどうだろう?それは、国民の利益につながるとき、「善行」と認可され、その地位は国民より保全されるものである


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