夢を形に!植松みつお

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盲導犬オスカーを刺した犯人に対し、なぜか、器物損壊罪?!「傷害罪」として捜査すべきではないのか?

2014.08.30 (Sat)
 ちょっと痛々しく可哀想な事件であり、弱いものいじめみたいな腹立たしい事件ですよね?!
 本件は、埼玉県で7月28日、全盲の男性(61)が連れていた盲導犬ラブラドルレトリバー「オスカー」(雄9歳)が何者かに刺され、けがをしたという事件です。関係者は「フォークのようなとがったもので刺された痕だった」と証言。県警も事実を把握しており、器物損壊容疑で凶器の特定を進めているということ。詳細は以下の通り。

「私が刺されたのと同じ」盲導犬事件でパートナー、一緒に通勤も「こいつを守る」(☜クリック)産経ニュースより 2014.8.28

盲導犬オスカーの傷

 この事件を通して、今後の課題とすべき点が何点かあると思います。

 一点目は、法治国家として守るべき法益を、「財産権の侵害」とだけしていることです。

 まだ犯人は自首してきたり、捕まったりはしていない(8月30日現在)ようですが、刺した相手は飼い主のいる盲導犬ということで、飼い主の所有物を壊したことで、「財産権の侵害」ということになります。

 現行法では、そういうことになっていますが、果たしてこのままの法律でいいのでしょうか?

 オスカー(盲導犬の名前)は全盲の男性からずれば、「物ではなく目の代わり」をしていたのであって、決して家に飼われ、「愛玩用として飼育されていただけの犬ではない」、「生活の手段」であり、「仕事のパートナー」だったという大事なことを見落としていると思います。
 通常、犬を刺せばというよりも刺そうとした瞬間に、逃げるか、吠えるか、唸るか、場合によっては手足を噛まれるような事態にもなり兼ねません。

 ただ、そうした事態にならなかったのは、盲導犬だったからで、盲導犬自身の身に何か危険なことや異変があっても、飼い主には知らせず、盲導犬としての仕事を全うするように訓練されているというのです。

 なんと健気な姿だと思いませんか?(/_;)
 犯人には、盲導犬について、是非とも見ていただきたい映画があります。これです!

盲導犬クイールの一生
 盲導犬クィールの一生

 そうした盲導犬の性質を知ってか知らずか、犯人は盲導犬に引率された人の身に危害が及ぶかもしれないということも想定される中で、言わば「未必の故意」をもって、盲導犬を刺しているのです。
 もし、盲導犬のオスカーが暴れていたら、間違いなく飼い主は転倒し、場合によっては骨折するか、間違いなく怪我を負った可能性が十分に考えられます。実際に、オスカーの飼い主にとって、この事件の衝撃は深く、いつまたオスカーが危害を加えられるのではないかという恐怖心が今も消えていないのです。

 というとは、犯人の成した行為は、飼い犬を傷つけたというだけの「財産権の侵害」だけではなく、飼い主そのものをも危険な状態に陥れる可能性があったわけであり、現実に、飼い主の心を傷つけたと言えるのではないでしょうか。

 つまり、犯人の成した行為は、「暴行未遂」と「傷害」も加えた罪として検挙すべきではないでしょうか。

 ただ、正義感あふれるマスコミが真剣に、こうした「社会の弱者を平気で傷つけるものを放置してはならない!」と動かない限り、残念ながらお役所仕事宜しく、警察官僚がどの程度認識し、本気で捜査するかは未知数でしょう。
 こうした陰湿な犯罪を防ぐためにも、もしくは、本件のような盲導犬へのいたずらや傷害行為を未然に防ぎ、目の不自由な方を守るためにも、刑法や動物愛護法などの法律を改変する必要があると思います。

 二点目は、もうそろそろ西洋被れから脱却した「日本固有の法の精神を確立すべき」ではないか、ということです。

 そもそも、日本の基盤となる法律は、明治以降、欧米を参考に、あるいは昭和憲法のように押しつけられて出来た法律があり、その法の精神は、日本固有のものとは言えないのではないでしょうか?
 そう考えると、本件で言えば、動物は飼い主の所有物であり、財産権であるという発想そのものが、キリスト教を背景とした「神は人間に魂を吹き込まれたが、動物にはされていないから、魂が宿っていない」という考え方があります。

 本当に、動物には魂が宿っていないのでしょうか?
 結論は、「NO!」です。

霊界散歩

 『霊界散歩』という書籍(幸福の科学出版・大川隆法総裁著)を読むと、「一時的に犬や猫に転生する人間もいる」というのです。なぜ、そういうことがあるのかというと、人間として生まれることの大切さを体験するためなのだそうです。ただ、そこまで行く人は、かなりの落第ではあるようですが・・・。

 また、「魂の進化として動物から人間の魂になるものもいる」というのです。それもチベットの『死者の書』のように一気に人間が虫になったり犬になることはなく、一定の条件、つまり、人間の家畜となって、長年、生まれ変わり、人間の生活や感情を勉強しているうちに、その家畜の中で特別に優れたもの、例えば、「名犬ラッシー」とか渋谷の忠犬ハチ公、そして、今回の盲導犬オスカーのように、動物たちのヒーローが、人間の魂に進化するというのです。

 ということは、ひょっとすると盲導犬オスカーは次には人間となり、オスカーを刺した犯人は犬になるかもしれないっていうことも、アリですよね。 

 古くから日本には、「一寸の虫にも五分の魂」という諺がある国です。
 ましてや、日本の文化の基盤をなす仏教精神では、「山川草木悉有仏性」と教えられている。つまり、どんな小動物や植物といえども、それぞれには固有の魂、もしくは精神が宿って、この地上で魂修行しているというのが日本の文化であるのです。(学校教育では、あまりされない唯物論教員が多くて困りますが・・・。)

 さすれば、日本もそろそろ、脱亜欧入ばかりを目指すのではなく、西洋被れの150年から脱却し、日本人らしく、かつまた東洋の精神に基づいた法の精神をもった法律というものを作り上げてもいい頃に来ているのではないでしょうか?

 そう考えると、動物愛護法で動物虐待は懲役1年、罰金100万円、動物を遺棄した者は罰金30万円以下が課せられるようになっているが、飲酒運転と同様に、軽すぎるかもしれませんね。
 例えば、他人の子供を虐待したと同等程度の罪として、そのまま罰金は100万円として、懲役1年から10年(経緯や故意過失など怪我の程度に応じて)の幅を持った処罰を科するようにすべきではないでしょうか?

 思わず、「重いなぁ!」って思われる方もいるかもしませんが、「他人の権利や財産、自由」を平気で奪う、もしくは傷つけることの罪というものを、もっと真剣に考え、教育して来なかった「教育の不毛」と「政治家の不勉強」が、「学校のいじめ問題」も同様に、こうした事態を巻き起こしているのではないでしょうか?

 三点目は、言い古された言葉かもしれませんが、「罪を憎んで人を憎まず」ということです。

 ともすれば、こうした事件は、犯人捜しにやっきになって行きがちであり、「許せない!」という感情が蔓延し、加えて、売り上げ部数を上げたいだけの悪徳マスコミが過大に取り上げると、日本国中が空気支配のようになり、犯人を追い込み、まるでスケープゴートにしがちです。

 そうした智慧の足らないマスコミの「マッチ・ポンプ」方式には気をつけないといけません。

マッチポンプ総理
 そう言えば、かつてマッチポンプ総理なんていましたよね!

 こうした時にこそ、この「罪を憎んで人を憎まず」の精神が大事であり、「怒り」でもって行動しないようにしなくてはならないと思います。
 確かに、犯人は捕まえる必要がありますし、露見した段階で早く自首すべきだと思います。罪を成したのですから。
 そして、現行の法律に欠缺はあったとしても、それは「法律家」や「法を作るべき人」に提案し、対応を委ねたならば、再発防止に心がけることだと思います。
 それには、もっともっと一般の人々が「社会悪に関心を持つこと」であり、「弱者をいじめて喜ぶような行為を許さない」という態度が大事なのではないでしょうか。

 皆さんは、どう思われますか?

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 マッチポンプ事件として有名な、田中角栄裁判と朝日新聞による教科書問題。

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